歯科医・高木幸人

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Dr. TAKAGIのこと

私は救われました

 私には人生の転機とも言える重要な出来事が二つありました。一つは人生を最悪にし、もう一つはそれを救ってくれました。

 1999年4月27日、オーストラリア・アデレイドのある歯科医の誤った治療のために、しゃべれなくなってしまったのです。ここで詳しい説明はしませんが、その歯科医は6本の上部側面の歯冠に誤った治療をしたのです。この後、飲み食いするたびに歯がピアノの鍵盤になったかのような激しい痛みに襲われました。他にも、歯が伸縮するような感覚や歯茎の痛み、知覚過敏、顎の痛み、頭痛などきりがありませんでした。仙台の歯科医を訪ねまわりましたが、私の症状は治療のしようがなく、ある歯科医が噛み合わせをよくするための治療をしてくれましたが、それも2、3時間しかもちませんでした。

 歯の状態はますます悪化し、治療のためにアメリカに行くつもりで、インターネットなどで私を確実に治療してくれる歯科医を探しました。ボストンにあるタフツ大学の歯科病院の教授とのメールの交換も行いました。私の症状を理解し、さまざまな治療のアドバイスをもらいました。そして、渡米の準備を始めたのです。

1999年7月、私にもう一つの重要な出来事が訪れました。山形市の歯科医・高木幸人先生との出会いです。ある人に紹介されて、私はさっそく彼の診療所を訪ねました。予約制がよくゆきとどき、日本では極めて少ない個室治療室のある彼のオフィスに私は感激しました。彼は親切で、英語が上手く、初見で私の複雑な症状を理解していました。彼の勧める治療法はアメリカの治療法と全く同じものでした。彼の手からは自信と実力が感じられ、彼が外国へ定期的に行き、最新の技術を得てきていることを示していました。彼のおかげで私は歯科医に対する信用と治療に前向きに取り組む姿勢を奇跡的に取り戻したのです。

 私の症状は非常に複雑でした。歯冠が的確な角度、場所、輪郭でなければ日々の生活にも影響します。歯冠の治療の後で、しっくりこない感覚や痛みに悩まされるとすれば、それは何かがおかしいというサインなのです。歯冠の治療というのは、自然な状態に戻ってこそ終了するのです。現在、歯冠部は自然で快適な状態です。高木医師は、ひどい状態だった歯の痛みが消え、自然な状態に戻るまで、辛抱強く再治療してくださいました。正直に、信頼のできる助言をくださり、患者のことを一番に考えた治療法でした。症状が深刻だったため、最初の何ヶ月かの治療はとてもつらかったのですが、その後の治療は楽なものでした。

 高木医師はあんなにひどかった私の歯の健康を取り戻してくれました。9ヶ月間の治療が終了し、心身共に、もちろん私の歯も最高の状態です。歯茎も自然で、色も他の歯と調和しています。私は、高木医師の素晴らしい技術とその向上心が私に二度目のチャンスを与えてくれたと思い、感謝しています。

 これを読んだ方は、お気軽に連絡して下さい。      April 18,2000

Rod Deering(英語教師/オーストラリア出身・仙台市在住)

 

歯科医院に行って命拾いをした

 仕事の忙しさにかまけて、長いこと歯医者通いをさぼっていたつけがまわってきて、大事な取引のときに急に歯が痛み出しました。不愉快な顔をしていたせいか、契約はうまくいかず、いらいらする毎日を過ごしていました。

 歯医者なんてどこも同じだろうと思っていましたが、妻の強引なすすめで、車で1時間もかかる山形の高木歯科医院へ。はじめのうちは、忙しいさなかに往復2時間もかけて歯医者通いをすることに大きな抵抗を感じていました。しかも、通院当初は、レントゲンや歯型などの診査と歯磨き指導ばかりで、痛みを応急手当で抑えてもらった以外は歯の治療らしいことはなにもしてもらえませんでした。

 もう通うのをやめようかなと思い始めた通院4回目、ドクターはレントゲンや歯型や口の中の写真を並べて私のいまの口の状態を説明してくれました。奥歯がなっくなったまま放置していたので歯並びがずれてしまったこと、顎の関節になにか異常が生じ始めていること、歯周病の問題や痛みの原因が歯にヒビが入っているために起こったことなど、あらかじめ用紙にわかりやすく記したものを渡してくれて、教えてくれました。妻だけが知っているはずの私のひどい歯ぎしりも、ドクターは見抜いていました。自分の口の中でありながらこれまでなにもわかっていなかったのだな、ということに気づかされました。歯が何本残っているか、ということすら知らなかったのです。

 問題点を指摘してもらったあとに、必要な治療についても説明してくれました。私は歯の治療は全部保険でやってもらうつもりでいましたが、ドクターの説明を聞いているうちに、「歯の治療は保険か自費か」という問題ではなく、自分にとってどんな治療が必要かを知り、その処置が保険でできればそれをつかい、保険がきかないのなら自費で支払うべきだというように考えました。

 ドクターの穏やかな人柄と、完全予約制で予約時間にきちんと来れば待ち時間がまったくなく診てもらえること、治療計画と保険のきかない自費の費用分を用紙に記入して事前に提示してくれる明朗さなどで、医院に対する信頼度が高まり、「ここは一念発起して徹底して歯をなおすぞ!」と決心しました。

 それから一ヶ月間、歯科衛生士さんにていねいにブラッシング指導と歯のクリーニングをしていただき、その後半年くらいかけてドクターによる歯の治療と仮歯が入ったころ、高校生の娘に「お父さん、近頃ちょっとハンサムになったみたい。口も臭くなくなった」と言われました。こんなにうれしいことはありませんでした。小遣いをせびるためのゴマ擦りだったのかも知れませんが、毎朝ひげを剃るために鏡に向かって自分の顔をみたときに口元が変わってきていることに自分でも気づいていたのです。それまでは、前歯がすり減って小さくなっており、口を閉じると「へ」の字になっていたのですが、歯の治療のおかげで真一文字になりました。

 最終的にすべての歯の治療が終了したのは、初診からおよそ2年。治療費も車一台分くらいかかりました。最初にドクターからの説明を受けたときには、正直いって「ながいなぁー」「たかいなぁー」と思いましたが、終わってみると月に二回、往復約二時間の通院は生活の中の一部になっていて、決して苦痛ではありませんでした。治療費も、あらかじめ教えられていたので、定期預金の満期の時期などをうまく利用しながら支払うことができました。時々は痛い治療もありましたが、終わってみると忘れてしまうから不思議なものです。それ以上に、歯をなおしたことで長年悩まされていた肩こりが、嘘のように消えてしまったことには驚きました。毎週のように鍼灸やマッサージ通いをしていたのに、いまでは肩が軽くなり、その必要がいっさいないのです。それに、家族や社員を怒らなくなりました。いらいらすることがなくなったのです。おかげで仕事も順調で、歯の治療費分はすぐに回収できたように思えます(笑)。

   「歯の治療が終わってから、本当の意味でのおつきあいが始まるのですよ」というドクターの指示通りに、治療後半年に一回ずつ定期検診を受けています。六年が経ちました。その間、かぶせた歯が一本欠けて、つくり替えてもらったほかには歯はいたって調子がよくなんの問題もありません。毎回、衛生士さんにブラッシングのチェックをしてもらって点数をつけてもらうことを、まるで子供のように楽しみにしています。

 ある定期検診の時、ドクターが私の口の中をのぞいて驚いたような表情をみせました。「扁桃腺がすごく腫れている。のどが痛くありませんか?」

私は、不快感程度は感じるものの痛みなど感じたことはなく、気にしていなかったのですが「一度耳鼻科の先生に診てもらった方がいいですよ」とドクターは進言してくださいました。

 数日後、耳鼻咽喉科を受診したところ、慢性的な炎症を起こしていることに加え、検査の結果「睡眠時無呼吸症候群」も判明。さっそく入院手術ということになりました。全身麻酔による手術で十日間の入院を余儀なくされましたが、長年妻からひんしゅくを買っていた「大イビキ」も落ち着き、突然死の原因ともされる睡眠時の呼吸停止までなおったようで、歯科のドクターのおかげと感謝しています。

 自分の会社の従業員には、しっかり歯の治療を受けるように指示しています。歯の治療をすることで、心身の健康が回復することに加え、仕事の効率が上がります。健康保険にこだわらず納得したものに関しては多少のお金をかけることも必要だと考え、会社からの融資もおこなっています。

 歯の治療と、車とでどちらが高いか。ときどきそんなことを考えます。自動車は六年で消却され、価値がなくなります。ポンコツになればまたお金をかければぴかぴかの新車が買えますが、口はそうはいきません。それに車は乗らない日がありますが、口を使わない日はありません。歯科の治療では、ちゃんと費用をかけるべきところには金をかけ、それをなるべく長く維持できるように自動車と同様、いやそれ以上にメインテナンスをしていくことが大事だと思っています。

 いいドクターに巡り会えたことで、私はお金では買えない「生きること」を得たように思います。紹介してくれた妻に感謝。(よっぽど私の歯ぎしりとイビキに参っていたようです)

Y.T.(会社役員/仙台市在住)

 

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