歯科衛生士(Dental Hygienist)について

 しょっちゅう歯医者通いをしている人でも、歯科衛生士という職業を知らない人がけっこういます。歯や口の健康管理のお助けウーマン、歯科衛生士(Dental Hygienist:デンタルハイジニスト)について紹介します。  

 僕が子どもの頃(昭和30年代)、歯科医の父親は一人きりで患者さんを診ていました。スタッフは誰もおらず、一人で治療も技工も会計もやっていました。歯を削るときにも立った姿勢で、ベルトで回るエンジンのドリルで、ガーガー、ガリガリとやっていました。

 その後、患者さんを寝かせて治療する座位診療になって、歯を削る道具もハイスピードのエアータービンが用いられるようになり、ガーガー、ガリガリからキィーン、キィーンになりました。高速で歯を削るときの発熱を抑えるために注水するので、口に溜まった水をバキュームと呼ばれる吸引器で吸わなければなりません。右手でエアータービンのハンドピースを持ち、左手でほっぺたや舌を切らないようにミラーなどの器具で押さえるために、腕が二本しかない父は、バキュームを持つ手を得るために助手を雇いました。昭和三十年代の半ばから後半の話です。

 そのころから、歯科助手を使って診療をする歯科医院が増えてきました。歯科助手は、歯科医の補助役としてバキュームを持ったり器具の準備や片づけ、消毒などの仕事をしながら、当時大量に押し寄せる患者さんの対応に協力してくれました。歯医者の看護婦みたいな存在になって、患者さんも歯医者に聞きにくいことなどを彼女たちに相談するようになりました。

 歯科治療の多様化に伴い、患者さんの口に直接接して、歯石の除去やブラッシングの指導をおこなってくれる、より実践的なアシスタントが必要になって、資格を持った補助者としての歯科衛生士がクローズアップされてきました。全国各地に歯科衛生士を養成する専門学校や短大ができて、歯科の専門的知識を持った歯科衛生士たちが増えてきたのです。

 歯科助手に加えて、父の診療室にはじめて歯科衛生士が勤めるようになったのは、僕が歯科大学に入って後継ぎのめどが立ってからのことでした。これからの時代の歯科医院には、専門の知識を持った衛生士が必要だ、ということでそれまでの助手に加えて衛生士が一人加わったのでした。しかし、父は時折「どのように衛生士を使ってよいのかわからない」とこぼしていました。

 確かに、それまで歯科医自身が自分の使いやすいように教育してきた歯科助手と、教科書を使って勉強し資格を取った歯科衛生士とでは、診療室での存在感は圧倒的に歯科助手の方に軍配が上がったのでした。今と違って歯周病の治療などはほとんどやっていない時代でしたから、ブラッシング指導や歯石の除去や歯のクリーニングなどは、たまにしかおこなわれず、資格を持ってやる気満々の衛生士は、角を折られたような状態で歯科助手と同じようにバキュームでの吸引やセメント練りの仕事をしていたのでした。

 現在、歯科衛生士になるためには、高卒以上の女性が衛生士の専門学校、短大に入学し、2年間の専門的な講義および実習カリキュラムを履修した後に、国家試験を受けて合格する必要があります。僕も歯科衛生士の学校で授業を持っていますが、「こんなに難しいことまで教えなきゃいけないのか」と思うほど、歯科だけではなく医学全般にわたる専門の勉強をします。

 資格を取った歯科衛生士の具体的な仕事としては、(1)患者さんの歯石や歯の汚れを取ったり、フッ素の塗布などの予防的処置、(2)ブラッシング指導や食事指導などを含めた歯に関する保健指導、(3)治療の時にバキュームを持ったり、セメントや薬剤の調合をしたり、器具の受け渡しをするなど、歯科医の三番目、四番目の手として診療時の介助、などがあります。

 かなり専門的な仕事をおこなっているはずなのですが、患者さんからみると、歯科医院にいる白衣を着た女性のなかで、誰が衛生士で、誰が歯科助手か区別がつかないことがほとんどです。時には歯科医のドクターとの区別すらつきにくいこともあります。(笑)

 近頃の歯科医院では、昔に比べ歯周病の治療に力を入れるところが増えてきましたから、ブラッシングの指導や歯石の除去や歯のクリーニングなどの機会が増えました。また、予防に対する関心も高まって、歯の表面へのフッ素の塗布や、シーラントとよばれる歯の溝のシール処置などの仕事も多くなっています。

 ところが、あまり予防的処置や歯周病の治療に一生懸命でない歯科医院では、ムシ歯を削って詰める、歯のないところに入れ歯を作るという仕事が中心であるために、僕の父と同様に、衛生士をどのように使ったらよいか困惑しているところが今でもけっこうあるようです。歯科医自身が教育しなくても学校で一通りのことを習ってきているので、教える手間が省ける「助手」として使ってしまっている場合も少なくありません。さらにそのようなドクターは、「ついでに君、そこのところつめておいて」などと、本来の歯科衛生士の業務外の仕事をさせてしまっていることもあります。学校で歯科医に匹敵するくらい勉強してきた彼女たちにしてみれば、「ドクターのこんな削り方では、詰めたものはすぐに取れちゃうのに」と、思いながら充填治療をしているかもしれません。怠け者のドクターは「僕がつめるよりも、彼女の方がていねいできれい。さすが衛生士。これからも頼むね」などと考えているかもしれません。あくまでも僕の想像ですが…。

 助手と衛生士が一緒に仕事をしているような医院では、「同じ仕事をしているのに、衛生士は資格を持っていることを鼻にかけている。私より仕事が下手なのに衛生士手当が付いて給料が高い!」と助手が不平を漏らします。一方で、「なんで資格を持っている私が助手と同じ仕事をしなきゃいけないのよ。ホントは患者さんをまかせてくれたら、徹底的にお口の中をきれいにしてあげられるのに。でも先輩の助手を前にして、あんまりでしゃばれないし…」と衛生士が不満を持っている、ということが多いものです。オンナの戦いには根深いものがあるらしく、間に挟まれた気の弱いドクターは、つい歯科助手を甘やかし、歯科衛生士にゴマをするということになってしまいます。

 助手と衛生士を差別せず、しかし明確に区別して仕事をさせている歯科医院も数多くあります。単にユニホームの色が違うということだけではなくて、仕事の役割分担をはっきりさせて、お互いのプライドとやりがいを尊重している歯科医院は、チームワークもよく、診療の質も高いと思います。高度な近代歯科医療においては、助手も衛生士も、歯科医にとって欠かせない大事なパートナーなのです。

 「歯医者につとめる女性は美人だ」と世間ではよくいわれています。それには、仕事にやる気をなくし、お化粧だけが生き甲斐になったコスプレ・病院パブ風のケバイオネーサンを皮肉った意味と、はつらつとプロフェッショナルな仕事に燃えるスーパー・ハイジニストたちを賛美する、ふたつの意味があると考えられます。歯科衛生士本来の仕事、歯のクリーニングや専門家の立場からのプラークコントロール、ブラッシングや食事を含めた生活指導などを、一生懸命やっている歯科衛生士の姿は美しいものがあります。

 僕の個人的な思い込みかもしれませんが、よくできるスーパーハイジニストの多くは、スカートの白衣ではなく、パンツスタイルです。実際に診療のときには、パンツのほうが行動がしやすく、仕事の能率も高まります。ちなみにアメリカの歯科衛生士の大多数はパンツスタイルです。それに対し日本では、圧倒的にスカートの白衣です。しかも、山本寛斎やハナエ・モリなどのブランドものを着たがる…。うーむ。  

高木幸人(山形市/高木歯科医院院長)

 

高木幸人著「スーパーデンティストをさがせ!」(現代書林/1998.5)より