歯科インプラント治療について(その2)

高木幸人(山形市/高木歯科医院院長)


 インプラントとは、失った歯の代わりにチタンやセラミックを、もともと歯があった顎骨に人工の歯根として植立して欠損部分を補う治療法です。

 顎に歯の代わりに人工的なものを埋め込む試みは、中南米の古代遺跡から発掘されたミイラの顎に鉱石を細工して埋め込まれていたことなどから、およそ二千年も前からおこなわれていたことが明らかになっています。二十世紀の初頭に、現在のインプラントの原型ともいえる金属製の人工歯根が試みられましたが、適切な材料が見あたらなく、異物として生体が受け入れてくれず、ほとんどが失敗でした。1940年代ごろからコバルトクロムモリブデンという合金が体の中に埋め込まれても安定していることがわかり、整形外科の領域で骨をつなぎ止めるネジなどで多用されるようになりました。同時に歯科でも応用が試みられるようになってきました。

 1960年代になるとチタンという金属が生体と高い親和性を示し、骨と結合する性質を持っていることが明らかになり、インプラントの研究が盛んになってきました。1970年代には歯や骨の無機成分であるハイドロキシアパタイトによるセラミックが開発され、生きた骨と化学的な結合をする人工材料として注目されるようになり、安全で確実性のあるインプラント治療ができるようになりました。

 現在用いられているインプラントはチタンやチタンの表面にハイドロキシアパタイトのセラミックをコーティングしたもので、歯根の部分と支台装置との二つのパーツからできているものが主流です。はじめに根の部分だけを顎骨に埋め込み、人工歯根と骨ががっちり固着するまで数ヶ月間待ちます。脚や腕を骨折したときに、つなぎなおしてギブスで固定しておくことで骨は完全に結合しますが、同じような原理で顎に埋め込まれた人工歯根と骨は(接着剤などを使うのではなく)生物学的に癒着します。しっかり人工歯根が骨と癒着したあとで、少しだけ歯肉を切開して歯肉部分を貫通してかぶせものなどの土台となる次第装置を取り付けます。

 インプラント治療は、一歯の欠損から一本もなくなってしまった無歯顎の状態まで広く応用が可能です。しかし、人工歯根を埋め込む部分が顎の骨ですから、骨の吸収が顕著で人工歯根が支えきれない状況ではうまくいきません。インプラントを行う歯科医は、治療前に十分な診査をおこない、綿密な治療計画を立てなければなりません。ブリッジや入れ歯の場合と異なり、「合わないから」「気に入らないから」といって簡単に作り直しができませんから、慎重な対応が必要になってきます。

 現在使われているインプラントの素材(チタンやセラミック)の生体親和性や安全性に関しては十分に証明されています。一度顎の骨と結合した状態の人工歯根は、天然の歯よりも強い咬合力に耐えることができます。また、人工的な材料ですからムシ歯にもなりません。冷たいものにしみたり痛んだりすることがありません。しかし、よいことづくめかというと、実はそうではないのです。

 インプラントは歯肉を貫通して骨に植立されていますから、歯の周りに汚れがたまってくれば歯肉や歯槽骨の炎症、すなわち歯周病に罹患することは天然の歯と全く同じです。天然の歯であれば、神経や血管が歯の中(歯髄)や歯根の周り(歯根膜)に張りめぐらされ、なにか異常があればなにかしらの違和感を自覚できますが、インプラントには神経も血管も持ち合わせていないので、異常を感知することはできません。要するに煙感知器や火災報知器がついていればちょっとした火の異常があれば、けたたましく鳴り響き、火事による被害を未然に防ぐことが可能ですが、感知器のない状態では気づいたときには手遅れ、ということも少なくありません。インプラントした部分に痛みなどを感じるころには 歯槽骨や歯肉がそうとうダメージを受けていることを意味しています。

 煙感知器や火災報知器を備えていれば火事にならない、という保証があるわけでもなく、また、仮に感知器などを備えていなくても十分に火の始末などに気を配ることで、火事の被害には遭わずにすみます。インプラントの場合にも、日頃からブラッシングを中心にした手入れを十分におこない、ドクターによる定期的なチェックをしていくことでもともとの自分の歯と同様に、ときには天然の歯以上に具合良くつかっていくことができるものです。

 インプラントの治療には、人工歯根を顎骨に埋入する外科的な治療と、噛む部分を再構築する補綴の治療とに大きく分けられます。いずれも専門的な知識と技術を要し、しかも現在の日本では歯科大学の正式な履修科目には入っていません。大学でインプラントについて学ぶ機会は非常に少なく、インプラントに積極的な教授や講師の先生がちょっと概論を紹介する程度です。僕もいくつかの大学の歯学部でインプラントの講義をしていますが、たった90分や180分だけでは、ここで紹介している程度のことしか教えられません。

 したがって、歯科医がインプラント治療を学ぶのは、歯科大学を卒業してから、自らの意志で研修することになります。研修の仕方には、インプラントを研究したり臨床で実践している大学の医局に入ることや熟練した歯科医の元に弟子入りする形で勉強する方法、大小さまざまなインプラントのスタディーグループ(中には”学会”と称した巨大なスタディーグループもある)に所属して研鑽する方法、経験のあるドクターから聞きかじる方法やインプラントを販売しているメーカーが主催している1〜2日間の研修会に参加する方法などさまざまです。

 インプラントの治療がにわかに脚光をあびてきた我が国においては、歯科医向けのインプラントセミナーが花盛りで、いずれもなにかしらの権威を折り込んでもったいぶったものが多いのですが、どうも僕には、この国のもっとも得意とする「本音と建て前」の大きなギャップがここにも存在しているような気がしてならないのです。

 他の治療同様、いやそれ以上にインプラントの治療を受けようとするときには、スーパーデンティストとの巡り会いが大切になってくることは確かです。  


高木幸人著「スーパーデンティストをさがせ!」(現代書林/1998.5)より